グリコ・森永事件 -5-

これは『グリコ・森永事件』に関する記事の【パート5です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】からお読みください。

グリコ・森永事件 -1-

グリコ・森永事件 -2-

グリコ・森永事件 -3-

グリコ・森永事件 -4-


 

【筆者独自】さらなる事件の解説

筆者:ズボンスキ

 

ここでは本記事を振り返りながら、筆者なりに事件を読み取り、事件をさらに深く解説していきます。
ここに記すのはあくまで筆者の見解です。

 

なぜ「グリコ」や「森永」が狙われたのか

2つの大きな理由

本記事のテーマとなった『グリコ・森永事件』は昭和史、また日本の犯罪史に残る有名な事件である。それだけに、”名前は聞いたことがあるけど、詳しくは知らない”という人も多い。
便宜上、”グリコ・森永事件”と名付けられているが、実際に犯人らの標的となったのは―、

『江崎グリコ』

『丸大食品』

『森永製菓』

『ハウス食品』

『不二家』

『駿河屋』


「明治製菓」

「ロッテ」

誰もが知る有名企業がその名を連ねる。
このように本事件は、大手食品会社を標的とした脅迫事件群ということであるが、ではなぜこれらの企業が狙われたのか
その理由はいくつか考えられるが、まずそれらの根底にあるのは、本事件が『劇場型犯罪』であるということ。つまり犯人らの大きな目的は、「世間を騒がせること」であった。

世間を騒がせるためには、人々にとって身近なものを利用するのが最も効果的。
そこでその主な対象となったのが、「お菓子」
。これはスーパーやコンビニなどの小売店に必ず並んでいるため、犯人側としても扱いやすい上、人々にも触れられやすく、世間にその恐怖を身近に感じさせることができる。それ故に、犯行の費用対効果が高い。
スーパーなどで取り扱われる商品、そして客の手に取られやすい商品といえば、江崎グリコや丸大食品などの大手食品会社のもの。これが上記企業が狙われた1つ目の理由である。現に犯人らは、毒入り菓子をスーパーなどの売り場に紛れ込ませている。
(犯行の”宣伝効果”を考えれば、テレビ、新聞、雑誌などのマスメディアを利用することは大前提。マスメディアも世間の人々にとっての身近なもののひとつといえる)

そして2つ目の理由は、犯人グループの居住地が大阪府であったと考えられること。つまり上記企業が狙われたのは、犯人らにとって物理的に身近な企業であるから。事実、本事件で狙われたほとんどの会社が大阪府に本社などの拠点を置いていたり、関係者の住居があった—、

「江崎グリコ」 本社:大阪府

「丸大食品」 本社:大阪府

「森永製菓」 関西販売本部:大阪府

「ハウス食品」 本社:大阪府
(実際に脅迫状が届いたのは、総務部長宅や社長宅であるが、これらも大阪府にあったと思われる)

尚、不二家は東京都に本社を置くが、脅迫状が届いたのは労務部長宅。この労務部長宅の所在地が大阪府内であるかは定かではないが、このとき犯人らは「大阪梅田の百貨店」屋上から現金2,000万円をばら撒くよう要求している。
駿河屋は本社が和歌山県和歌山市であり大阪府とは関係ないが、同県同市は大阪府に隣接している。そもそも駿河屋に関しては、筆者は例外的な見方をしている。というのも、駿河屋脅迫事件は本事件の末期に起きたもので、このときには犯人らも犯行に対して食傷気味であったという印象が強い。
尚、犯人らが大阪府に住んでいたと考えられるもうひとつの根拠として、脅迫文や傍受された無線音声にみられる犯人らの言葉遣いが大阪弁であることも挙げられる。

 

犯行様式について

「金」か「怨恨」か、「スプリー」か

本事件における一連の事件を振り返ると、犯人グループはいちばん最初に最も手荒い犯行を犯したといえる。

いちばん最初の事件といえば、「江崎グリコ社長拉致事件」である。同社社長・江崎宅の敷地内に侵入し、住居に押し入って家族らを緊縛、そして江崎を拉致した。
このとき犯人らは、江崎の身柄と引き換えに現金10億円と金塊100kgを要求。ところが、僅か3日で監禁していた江崎に逃げられている。
自ら要求した10億円と金塊を得るための大切なカードであったはずの江崎―、
その江崎に逃げられた一幕から窺えるのは、このとき犯人らは現金や金塊はいらなかったということである。
「要求の桁が外れていること」、「10億円要求後、江崎の家族から”お金は払います”といわれた際に”いらない”と答えていること」、そもそも、江崎を逃がしているということは、江崎監禁時の監視体制が甘かったことがいえる。つまり、江崎に対してそれほどの執着はなかった(=金に執着はなかった)といえる。

ところが、その後は要求する金額がだんだんと現実的になり(それでも高額ではあるが)、当初は再三の現金受け渡し時に姿を現さなかったが、あるときから現金の受け取りを試みていること―、
そのほか、事件末期に傍受された無線音声の中では、
「不二家はやっぱり金払わんちゅうとんのけ」「不二家は諦めた方がええわな、こりゃ」というように、金について会話している。
こうした様相から、犯行目的は―、

事件当初 「世間を騒がせる」>「金」

途中から 「世間を騒がせる」≒「金」

このように、その犯行目的が変遷し、序列のあった2つの目的がほぼ並列したと考えている。とはいえ、やはりその大きな目的は”お騒がせ”、『スプリー』である。

【スプリー】
spree (英):ばか騒ぎ、浮かれ騒ぎ
英語では、間を置かずに次々と犯行を繰り返すこと(連続殺人)を「spree killing」という。
筆者は本事件のような「殺人の起きない劇場型犯罪」を”お騒がせ事件”と捉え、『spree (スプリー)』と独自に呼んでいる。

 

ヒーローのようにも映る

犯人グループは、「江崎グリコ社長拉致事件」や「寝屋川アベック襲撃事件」において手荒い犯行をみせてはいるものの、人を殺すことはしていない。これは犯人らが意図して犯していないと考えられ、”殺人はしない”という犯人なりのルール、秩序があったとみられる。
(例えば、青酸入り菓子をばら撒いた際には、「どくいり きけん たべたら 死ぬで」の紙を貼り、きちんと注意喚起している ※流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法」)

また、犯人らは女性や子どもには乱暴な真似はせず、置かれた状況の中で可能な限り紳士的な態度で犯行に臨んでいる様がみてとれる。
(例えば、寝屋川アベック襲撃事件では、解放した女性にタクシー代を渡している)

“女性や子どもにやさしく”―、
そう考えると、最初の事件で次女ではなく敢えて江崎を拉致したのは、もしかしたら子どもに危害を加えたくなかったからかもしれない。おそらく、その可能性は高い。

 

とはいえ、忘れてはならない。犯人らは放火事件を起こしている。
「江崎グリコ」本社の放火はどうか―、

“無差別的な犯行ではないのか”

“下手すれば死者も出ていたかもしれない”

そうした見方が普通だろう。しかし犯人らは犯行時、そのとき無人であった建物を狙っていたと筆者は推察している。

 

そして―、
例の滋賀県警本部長が自殺したことを知ると、犯人らはそれからすぐに事件の終息宣言をし、それ以降の活動は一切行っていない。(筆者にはこれが結果論とは思えない)
このことからは、”自分らのせいで死者を出してしまった”というような、良心の呵責が窺える。
また、自殺した本部長を「男らしゅうに (男らしい)」と称えたり、この本部長と相反するキャリア(幹部候補)出身の警察幹部らを蔑むような態度もみせている。
そこからは―、

“弱い者の味方、強いものに反抗する”

というような、どこかアンダークラスな精神が見え隠れする。
(ここでの弱い者とは”社会的弱者”という意味。実際、本事件の標的となったのは大企業であり、こうした企業の社長は社会的強者である。尚、自殺した本部長は「ノンキャリア」出身。対する「キャリア」はいわゆる”エリートコース”のこと)

 

また事件の末期となる「不二家脅迫事件」においては、同社を脅迫した上で”ビルの屋上から金をばら撒け”という要求を2度にわたって行っている。
この犯行の様子からも、大企業という社会的強者への反骨精神のようなものが窺え、それはまるで、”その金を人々に還元しろ”という犯人らのメッセージのようにも映る。
もしも犯人らの要求どおり、不二家がビルの屋上から現金2,000万円をばら撒いたなら、それこそ前代未聞の珍事件として今以上に「グリコ・森永事件」の名を轟かせていたに違いない。そしてなによりも犯人らが、もとい、「かい人21面相」が英雄視されていたはずである。
(と、筆者は犯人らに対して好意的に捉えているが、「不二家からは金が出ない」と犯人らは不二家に対して諦めを抱いていたという事実がある。であるならば、”どうせ無理なら”ということで現金ばら撒きの要求をした可能性は否めない。また不二家を標的にしたこの頃には、犯人らの間でも”手仕舞いムード”が漂っていたとも筆者は考える)

【流通食品への毒物の混入等の防止等に関する特別措置法】
その名のとおり、流通食品への毒物混入を防止するための法律。
本事件(グリコ・森永事件)で犯人らが青酸入り菓子をばら撒いた際、それらすべてに「どくいり きけん たべたら 死ぬで」の注意書きを貼っていた事実を受け、それが殺人未遂には当たらず、偽計業務妨害罪に留まるのではないかとの指摘があった。本法はこうした背景から、法律の死角を補うために制定された。
制定された経緯から、本事件名にちなんで「グリコ法」や「森永法」とも呼ばれる。

 

計算的であり先進的

当初、現金受け渡し現場では姿をみせず、警察の動きを窺っていたり―、要求を伝える通話の際には録音した音声を流すなど、かなり慎重な様子がみてとれる。
脅迫事件において、現金受け渡しの”直接的接触”や電話で要求を伝える”間接的接触”は、検挙のきっかけとなることが多く、犯人側にとってみれば非常にリスクの高い場面である。
ここで注目すべきは、「要求時の通話で子どもや女性の音声テープを用いたこと」。そして、「現金受け取りの際に市民を脅迫し、受け取り役として利用したこと」。
これらは、警察が想定し得るそれまでの犯行様式から外れたものであった。これが本事件の捜査を困難にした一端であることは間違いない。
また、企業から犯人らへの連絡手段として、”現金の要求に応じるならば、新聞に求人募集の広告を出せ”というのも、どこかスパイ的で面白い。なによりこれは”無接触”であるため。犯人らにとってみればリスクがない。

このように犯人らは極めて慎重で、リスク回避に徹しているようにみえるが、実は遺留品を多く残している。とはいえ、それらは大量生産されて広域に流通された製品であったために、犯人の特定に至ることはなかった。これも計算されたものであったのかもしれない。

また犯人らはアマチュア無線機に改造を施し、警察無線を傍受していたことも明らかになっている。
(当時はアナログ方式が主流であり、周波数さえ合わせれば一般人でも警察無線の傍受が可能であった。
そのため事件当時、警察は犯人らの傍受を警戒して、その頃警視庁に数台しかなかったデジタル方式の無線機を使用していた。※デジタル方式では、無線での会話内容が暗号化される。
尚、本事件をきっかけに、デジタル方式への全面移行が警察内では急ピッチで進められることとなった)

 

本事件の犯人像

本事件の犯人像には非常に多くのバリエーションがあり、事件から40年近く経った現在でも犯人についての論争は続いている。(2020年現在)

以下は各所で持ち上げられている主な説である―、

『北朝鮮の工作員』

『暴力団関係者』

『ノンフィクション作家の宮崎 学』

被疑者「キツネ目の男」とよく似ているといわれた宮崎氏 (左)

 

『差別を受ける社会的弱者』

「元グリコ関係者」

『仕手グループ』

【仕手】
:して
株式や外国為替(FX)等において、人為的に作った相場で短期的に大きな利益を得ることを目的として、大量の投機的売買を行うこと。相場操縦。

 

ここで、「仕手グループ説」について解説しておく―、
これは、犯人グループの犯行目的が「株価操作のため」と言い換えることができる。というのも、本事件が起きた年の1984年1月時点で745円だったグリコ株は「江崎グリコ社長拉致事件」後、598円にまで下がっている。
犯行が株価操作目的の場合、犯行前にグリコ株を空売りしておけば、事件報道後は株価暴落による利益を得ることができる。
さらには、暴落後の底値ともいえる安い株価のときに買い注文を入れておき、本事件の終息宣言をする。そしてマスメディアがこれを報じれば、好感による株価上昇が起き、買戻しによる利益も得ることができる。

もしも株価操作が犯行目的(または目的のひとつ)であったなら、各企業への現金要求はカムフラージュだった可能性が考えられる。これは事件当初、犯人らが現金受け渡し時に度々現れなかったことや、要求した現金に対する執着がどこか感じられなかった点と符合する。
犯人像としての「仕手グループ説」、そして犯行目的としての「株価操作説」、筆者としては”ある”と思う。

 

筆者が描く犯人像

ここまでお伝えした上で筆者が描く犯人像は―、

・生え抜きの大阪人
・社会的地位の低い人物
元グリコ従業員 (
昔、江崎グリコで働いていたが、会社に対して何らかの強い不満を抱いてた)

上記の犯人像の中に『元グリコ従業員』を挙げる理由としては以下のような理由がある―、

一連の事件の中で唯一、江崎グリコだけが拉致被害に遭っていること。これを裏返せば、江崎家の内部事情(居住関係など)を把握していたからともいえる。これを強める事実として、「江崎グリコ社長拉致事件」の際、犯人グループの1人が、その場にいた江崎の長女の名前を呼んでいたことが分かっている。
また、江崎の身代金を要求する手紙では、現金の受け渡し人として社長運転手を名指ししていたということも。さらには、当時一般にほとんど知られていなかった江崎グリコ関連会社のことを知っていたことが明らかになっているほか
江崎グリコがすぐに10億円を用意できることを知っていたことなどがある。
“一連の事件の中で唯一”といえばまだある―、
それは、江崎グリコにだけ放火をしていること。そのほか、各社に送った脅迫状において、犯人らは対象の会社の社長を名字で記す中、江崎グリコ宛てのものだけは、江崎のことを
「勝久」と名前で書いていたことである。

 

本事件に関するトリビア

本事件において、「江崎グリコ」の次に脅迫されたのは「丸大食品」であったが、この事実は合同捜査本部により伏せられていた。
ところがそこへきて、丸大食品に次いで脅迫された「森永製菓」の事件を毎日新聞がスクープしたために、世間的な認識としては、「江崎グリコ」⇒ 「森永製菓」となった。
本事件が『グリコ・森永事件』と呼ばれているのは、こうした経緯からであるとみられている。ともすれば私たちは今ごろ、”グリコ・丸大事件”と呼んでいたかもしれない。

また、内閣総理大臣を歴任した安倍 晋三の妻・昭恵は、父が森永製菓の社員であったことから事件当時、警察の保護が付いていた。

 

終わりに

『グリコ・森永事件』は世間に対する影響が非常に大きく、終息までの間に多くの模倣犯(便乗犯ともいえる)が湧いてでた。
本事件同様に食品会社を恐喝する事件が31件発生したが、”ホンモノ”である本事件の犯人グループは、ニセモノである模倣犯らの要求に応じないよう各企業に呼び掛けた。そして、自分らが企業に要求を突きつける際には、ホンモノである証拠として、「江崎グリコ社長拉致事件」のときに録音した江崎の音声テープを同封した。
ちなみに、これら31件のニセモノたちはすべて摘発されている。(ホンモノは強い)
事件終息後も尚、数々の模倣犯が生まれ、その数は実に444件に上り、うち206件が検挙されている
。悲しいことに、こうした事件の中には小中学生が起こしたものもあった(「ネスレ日本」を恐喝)。

本事件は日本国内のみならず、その余波は海を渡った―、
台湾において、「かい人21面相」は”千面人”という名で有名となり、本事件の最中である1984年12月27日には、現地の30代男がインスタントラーメンに毒を入れて食品会社に1億5,000万円(日本円換算)を要求。41時間後に逮捕されている。(やはりホンモノは強い)
さらに2005年には、台中市内のコンビニに毒(シアン化物)が混入された瓶入りの栄養ドリンクが置かれた。これには、「有毒、勿喝」(毒入り、飲むな)と印刷されたシールが貼られていた。
尚、この毒入りドリンクを4人が飲み、2人が重体、1人が死亡した。

 

日本の犯罪史上でも名高い『グリコ・森永事件』―、
事件の捜査に関わった捜査員の延べ人数はおよそ130万人。捜査対象となったのは、12万5,000人といわれている。
(130万人といえば、青森県の人口に匹敵する。[2015年])
国内外問わず、多くの模倣犯を生んだ。「怪人22面相」や「怪人28号」なるパチモンが続出した。そして皆、消えていった(逮捕)。これらはすべて、大物にひっついて悠々とするコバンザメのような連中である。
世間を大きく騒がせたことは決して褒めるべきことではないが、プロフェッショナルを思わせる卓越した犯行と、どこか美学を感じさせる犯行様式に、ここでこっそりと称賛を贈りたい。

かい人21面相へ。

そして、

玉三郎にも忘れずに―。

オラクルベリー・ズボンスキ(小野 天平)