伊勢市女性記者行方不明事件 -3-

これは『伊勢市女性記者行方不明事件』に関する記事の【パート3です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】からお読みください。

伊勢市女性記者行方不明事件 -1-

伊勢市女性記者行方不明事件 -2-


 

辻出さん失踪に事件性があるとして、ようやく重い腰を上げた三重県警―。

 

事件の解説

警察の不適切な対応

辻出さんの失踪翌日となる11月25日―、
伊勢警察署からの放置車両移動の要請を受け、彼女の車が放置された保険会社駐車場へ赴いた両親。
そしてそこで母・美千代さんと父・泰晴さんは、残された車をみて彼女の失踪を確信することとなる。なぜなら―、

・辻出さんの几帳面な性格に反して、駐車ライン(白線)を無視するように斜めに駐車されていた

・辻出さんは非喫煙者であったのにもかかわらず、車内にはタバコの吸殻があった

・運転席のシートが普段より下げられていた (ハンドルとシートの間隔が広くなっていた)

・いつもかけっぱなしであったカーステレオが切られていた (普段はエンジンをかけると音楽が流れ出す)

・助手席のシートが倒され、フラットの状態であった

 

車のドアはロックされ、車内を荒らされた形跡はみられなかった。それどころか、車内は髪の毛1本たりとも落ちていないほど奇麗であり、何者かが清掃したことは明らかであった。
一方、彼女の財布や手帳、携帯電話などの身元判明に繋がるようなものが入ったショルダーバッグは車内に残されていなかった。尚、その後彼女の銀行口座から預金が引き出された形跡はない。
また失踪後、彼女の携帯電話は留守番電話モードに切り替えられていた。
(これらが意味するところはつまり、彼女は貴重品入りのショルダーバッグを携帯して行方不明となった」もしくは「貴重品入りのショルダーバッグを持ち去られた」ということ
そして、行方不明から自身の預金が一切引き出されていないということを考えると、失踪後彼女は「何者かに監禁されている」もしくは「生存していない」という可能性が浮かび上がる)

 

こうした失踪時の状況に不審な点が多くみられたのにもかかわらず、両親の訴えを受けた伊勢署はそれを蔑ろにした。
辻出さんの失踪を事件と確信して
捜査を求めた両親に対し、伊勢署の職員は、「誰でも家出をするということはあるんですから」と軽んじた対応をみせ、辻出さん失踪を”家出”として処理。案件を『捜査一課』ではなく、『生活安全課』にまわした。
まともに取り合わない警察対応に業を煮やした父の泰晴さんは、その後副署長と面会。ここでも捜査を要求したものの、副署長はただ笑って宥めるのみであった。

結局―、
辻出さん失踪が事件として扱われ、警察の捜査がはじまったのは、失踪から約1ヵ月後。
捜査がはじまると事件管轄の伊勢署は、辻出さんの家族と同僚に事情聴取を行った。ところが伊勢署は同僚らから得た情報を家族には伝えなかった。その理由は辻出家の家族問題(親子関係が悪い)を疑っていたため。
要するに、事件として扱った後も尚、伊勢署は彼女の失踪を家出と捉えていたということである。

 

本事件が迷宮入りした要因の一端として―、
「三重県警の真摯さに欠けた対応」、そしてそれが招く「遅すぎた初動捜査」が挙げられる。
そのため、事件発生から警察が事件に着手するまでの間に、証拠の隠滅が行われた可能性は極めて高い。

 

違法性を帯びた捜査

辻出さん失踪に関与しているとして被疑者となったX―、
その結果、1999年2月10日にXはホテトル嬢Aに対する逮捕監禁容疑別件逮捕されてしまう。事件の管轄である津署はこの逮捕で得た拘留期間を利用して、辻出さん失踪に関してXに対する徹底的な取調べを行った―。

結局この逮捕でXは、翌3月4日に津地裁へ起訴されることになるが、その後も津署は辻出さん失踪についてXを厳しく追及。それは正当性に欠け、さながら拷問のようであったが、このときXの弁護人として選任されていた室木 徹亮は、あくまで完全黙秘に徹するようXに指示した。

 

津署が行った取調べにおいては数々の問題行為があったが、その中のひとつに「ポリグラフ検査の強要」がある―、

4月29日、津署はXをポリグラフ検査にかけようと試みる。
そこで刑事がXに検査機器を装着させようとするが、このときXの腕を必要以上に強く握った上に激しく揺さぶった。これによりXは、右ひじの内側に表皮剥離(すりむき傷)を負ってしまう。

翌30日、Xの弁護人・室木は津署の接見室内でこの傷を写真撮影。
「別件逮捕の違法性」そして「取調べの中での刑事による暴力」、後に行われる公判でこれらを訴える材料として、その傷の様子を保存した。

また、Xに対する取調べでは、ほかにも以下のような刑事による数々の問題行為があったことが明らかになっている―、

※「」内の刑事の台詞は実際の音声から抜き出したもの。そのため、方言を伴う口語や支離滅裂な内容で理解しにくい部分があります

 

【弁護人との接見妨害】


・ポリグラフ検査の際、”拒否できるか弁護人(室木)に確認したい”と要求するXに対して、それを阻止

 「お前、弁護士っちゅうのはな。関係ないわ」

 「後で聞きゃ、ええやないか」

 「弁護士はオールマイティーと違うんやで」

 「法的にはできないんだよ、もう」

 

 

【ポリグラフ検査における偽計・脅迫】


・ポリグラフ検査を拒否するXに対して脅迫

 「今ここに、白か黒かはっきりしてもらえる機械与えてもろとんやないか。それを拒否するちゅうんは黒としかないやねんからな」

 「お前は自分で蹴ったんやぞ、最後の道を。だから今から、白っちゅうよな言葉使うなよ、お前。の。証拠はないけれども、真っ黒んなったんや、今の時点から。よう覚えとけよ、俺自身のも。の。わかった、真っ黒なんやで。前よりいっそう黒なったんやで。もう限りなく黒に近い黒や」

⇒ポリグラフ検査を拒否したとしても犯人とは認められないのにもかかわらず、いかにもそうであるかのように脅しかけている。
また、ポリグラフ検査の結果で対象の犯人性が確定するわけでもないのに、その結果が100%であるかのような威圧的な説明をし、偽計を図っている。

 

 

【Xに対する暴行・脅迫】


・ポリグラフ検査を実施しようとした際の、Xの右太もも内側への殴打1回

・黙秘を貫くXに対し、両手でXの両腕を掴んで恫喝しながら何度もXの体を揺さぶる

 「なにが拒否じゃあ!礼状出てるんやないか、こらぁ!〔中略〕拒否もクソもあるかぁ!能書きたれとんなよお前、いつまでも!」

 

・取調べ時に脚を組んでいたXに対し、恫喝しながら組んだ左脚を払う

 「なんでやお前。ちゃんと外せ。脚ちゃんとせい!」

 

 

【黙秘権に関する虚偽説明】


・黙秘を貫くXに対して、事実とは異なる「黙秘権」の説明で自白の引き出しを画策

 「黙秘っちゅうのは、”私が犯人です”と認めてるわけやぞ。〔中略〕都合の悪いことだけは黙秘してもよろしいよっちゅう規定やぞ。それを”黙秘します”っちゅうことは、”都合の悪いことだらけです”っちゅうことやぞ」

 「自分がしゃべりたないことしゃべらんて、そんな黙秘権はないわさ」

 

【その他の偽計】


 「逮捕された被疑者はどんなことがあっても取り調べ拒否できひんやないか。弁護士にそのぐらい聞いとるやろが、え。応じる義務があるて、書いてあるやろが」

 「君は義務があるやないか。逮捕されとんのやで」

 「被せられてる容疑が殺人やねんから」

⇒逮捕容疑はホテトル嬢Aの逮捕監禁にもかかわらず、取調べは辻出さん失踪に関して一辺倒。刑事はXが辻出さんを殺害した前提で自白を迫っている。

 

 「どって証明するん。どこで証明するんにゃ。伊勢の事件をどって無実証明するんや。え。どって証明するんにゃ。アホみたいなことばっか言うなよ。どこで証明するの」

⇒辻出さん失踪に関して、Xに無罪の立証責任があるかのように威圧している。被疑者といえども、実際はXにそのような責任はない。

 

 「10年勝負してって、警察と10年勝負して負けんのお前に決まっとるやないか、ほんなもん。勝った奴おらへんぞ、ほなもん。ヤクザでも尻尾巻いて逃げていくんやないか、警察と勝負して。10年つきまとわれてみろ。どんなにやなもんか、お前、わからへんやないか」

⇒この”10年”とは時効のことであるとみられ、”犯行を認めず時効を待っても10年かかるぞ。その間ずっと警察がつきまとうぞ”というニュアンスで脅迫している。

 

 「令状出とんのやで、何してもええんやで、鑑定処分やて。必要があったら切り刻んでもええんやで。チンチンの中へ棒突っ込むこともできるんやないか。え」

⇒「鑑定処分」を持ち出して、”その気になればなんでもできる”という事実に反する物言いで脅迫している。
(鑑定処分とは、「住居等の立ち入り」「身体の検査」などのこと)

 

上記のほかにも―、

 「弁護士があまり”黙秘権を使え”と被疑者に言うと、弁護士が弁護士会から追放される」

という虚偽説明。(2月17日の取調べ)
そしてこの刑事の発言を受け、Xが室木に事実確認。それを知ると、

 「弁護士が黙秘権についてそんなことを言うと、弁護士も大変なことになる」

とさらなる虚偽説明。
そのほか、捜査の過程で入手したXの裸の写真を提示しながら、

 「この写真を証拠に出せば、裁判官はお前が変態だという心証を持つぞ」

と脅しかけた。(2月18日の取調べ)


辻出さん失踪に関与する被疑者として、執拗かつ不当な追及を受けたX。なんとしても自白を引き出したい警察と、黙秘を貫くX。もうひとつの事件「ホテトル嬢A逮捕監禁事件」の結末はいかに―。【パート4】へ。

 

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【生活安全課】
警察内組織の中のひとつに『生活安全部』がある。
これが扱うのは、「ストーカー問題」「ドメスティック・バイオレンス (家庭内暴力)」「家出人・迷子」「少年犯罪」など。”比較的軽微な案件を扱う部署”というイメージ。
この生活安全部が都道府県警察本部に設置されているのに対し、『生活安全課』は各警察署内に設置されているもの。これらの業務内容は同じであり、異なるのは”本部”か”現場 (所轄)”かというレベルの違いのみ。
通称「生安 (せいあん)」。

ちなみに、『捜査一課 (捜査第一課)』は「刑事部」を構成する部署のひとつ。ここでは、殺人、強盗、暴行、傷害、拉致・誘拐、放火、性犯罪などの凶悪犯罪を扱う。

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【ポリグラフ検査
呼吸や心拍数などといった生理反応を同時に記録する装置のこと。
犯罪捜査の場においては事情聴取の際に導入され、この反応を手掛かりにして対象の供述に嘘があるか否かを判断する。いわゆる「ウソ発見器」。

ポリグラフのイメージ

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【室木 徹亮】
:むろき てつあき
日本の弁護士。
三重県弁護士会会長。中部弁護士会連動会理事長などを歴任。「暴力追放功労者表彰」を受彰するなど、高邁な腕利きの弁護士。実際、本事件におけるXの弁護人としてその手腕を発揮した。
Xの別件逮捕後、その翌日2月11日にXの弁護人として就任。

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