秋田園児殺害事件 -3-

これは『秋田園児殺害事件』に関する記事の【パート3です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】からお読みください。

秋田園児殺害事件 -1-

秋田園児殺害事件 -2-


 

修羅場

2002年6月、美香の義父がガンで亡くなる。
また同時期にAさんの妹が結婚して家を出たことにより、日中家にいるのは美香と義母だけという生活がはじまった。

するとこの頃から美香は些細なことでイライラするようになり、やがてその感情の赴くままに義母に当たり散らすようになった。それは罵詈雑言にはじまり、胸ぐらを掴む、そしてついには殴るにまで至り、義母に対する粗暴な振る舞いは日を追うごとにエスカレートしていた。
これにより義母は美香に恐怖感を抱くようになり、美香が激昂するときには土下座をしてその怒りを鎮めることさえあった。

これらは美香と義母2人きりでいる日中に起きていたことに加え、義母が息子であるAさんに訴えなかったことで、Aさん自身は美香の本性を知らずにいた。
ところがある日、
義母はAさんに「結婚する前にもう少しお付き合いしとけばよかったな。子どももな…」と早すぎた結婚ひいては無計画な妊娠に対して細やかな非難をした。それは息子を咎めると同時に、遠回しのSOSでもあった。
これで美香による母への家庭内暴力を知ったAさんであったが、それを追求することで美香が激昂することを懸念していた。その暴力の矛先が諒介ちゃんに向くことを恐れたのである。
そのため、諒介ちゃんのことを第一に考え、Aさん親子は美香がもたらす問題を黙殺し続けた。

 

ところが同年11月のある朝、信じられない事件が起きる―、
この日、朝から美香の機嫌がすこぶる悪く、Aさん宅は不穏な空気に包まれていた。そんな中、出勤時間が近づいていたAさんはその場の空気を気にしつつも、仕事へ向かうため車へ乗り込んだ。
すると次の瞬間、

「行くな!」

そう叫びながら美香は車の前に立ちはだかり、Aさんの行く手を阻んだ。
仕事へ行かなくてはならないAさんとしては、そんなことに相手はしていられない。そのためAさんが車をゆっくりと前進させるものの、美香は頑として動かない。
埒のあかないその状況を打破するためAさんが一旦車を降りると、美香はその隙に運転席からキーを抜き取って家の中へ。
Aさんがキーを返すよう求めるも、美香はすでにそれをどこかに隠しており、「知らない」の一点張り。もはや何を言っても何をしても無駄であった。
この時点で美香はかなりの興奮状態にあったが、Aさんはその理由が分からなかったため、もはやどうしてよいか分からず。しかしなんとかこれを落ち着かせようとAさんは「分かった。会社を休むから」と言ってみるものの、やはりそれも無駄であった。

興奮の収まらない美香は尚も喚き散らしていたが、その騒ぎに驚いた義母も部屋から出てきて美香をなだめた。ところが美香はその義母に向かって次々と暴言を吐き、そしてAさんにも暴言を浴びせる中で、とうとう”離婚”の二文字を出してしまう。
それからは「慰謝料と養育費を払え!」と凄んで金を要求するなど、それは正気の沙汰ではなかった。

 

ここまでひたすら堪えてきたAさんであったが、この日までの我慢がついに爆発。「そこまで言うなら離婚してやる」と語気を強め、通帳と印鑑を美香に投げつけてみせた。
しかし通帳の預金額を見た美香は「こんなんじゃ足りねえ!」と
文句をつけ、500万円を要求。このときの美香の様子が常軌を逸していたことから、Aさんはその場を収めるためサラ金に電話をかけるふり、そしてあたかも借り入れに成功したかのように装った。
これで事態は収拾と思いきや、次の瞬間には1,000万円を要求しだす美香。

「いや500万でも足りねえ!そんなもんでどうにかなると思ってんのか!1,000万よこせ!」

それまで我慢に我慢を重ねてきたAさんもとうとう我を失ってしまい、

「死んで払ってやる。保険金全部持っていったらいい。それで文句ないだろ」

そう言ってAさんは外へ飛び出し、灯油を上半身からかぶると自らの身体に火を点けた―、
一瞬でAさんの身体を炎が包みんだものの、すぐに火は消されたことでAさんは助かった。このとき傍にいた幼い諒介ちゃんは、その修羅場の中で大泣きしていた。

Aさんが焼身自殺を試みた時にはさすがの美香も取り乱したが、このとき真っ先に”消防”へ電話している。

 

その後、警察の事情聴取を受けてAさんが帰宅すると、美香と諒介ちゃんの姿がない。まさかと思ったAさんが確認すると、美香から連絡を受けた両親が2人を連れて帰ったことを知る。するとAさんはすぐさま美香の実家へ赴いた。美香はともかく、諒介ちゃんだけは手放したくなかったからである。

焼身自殺未遂によって周りに大きなショックを与えたAさんではあったが、それは美香がさせたこと。美香がそこまでAさんを追い込んだ。
しかし頭を下げて詫びるAさんを前に、まるで被害者であるかのように佇む美香は、Aさんを決して許さなかった。そしてそれは美香だけでなく、その両親までもがAさんを許さないという態度であった。

結局、この一件でAさんも離婚の意思を固めるが、そうなればなんとしても欲しいのは諒介ちゃんの親権であった。それからAさんは弁護士に相談するが、そこで親権争いにおいては母親が有利である現実を突きつけられてしまう。
結果、Aさんは諒介ちゃんとの生活を諦めることとなった。
この瞬間こそ、本事件のターニングポイントである。

親権争いにおいて、父親よりも母親の方が有利であることは事実。それは子どもが幼ければ尚のことである。ところが母親に何か問題行動などがあれば例外となる。
例えば美香が諒介ちゃんを虐待していた場合、Aさんは親権を獲得できたのだが。しかしAさんは知らなかったのだ―、

美香は諒介ちゃんを虐待していた。

Aさんの弁護士が真摯に取り組み、美香の素行をしっかりと調査していれば。そうすれば美香の虐待の事実を掴めたかもしれない。となればAさんは諒介ちゃんの親権を勝ち取れた可能性は十分あったはずである。もしもそうであったなら、後の悲劇は避けられただろう。

 

2004年3月離婚


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