秋田園児殺害事件 -7-

これは『秋田園児殺害事件』に関する記事の【パート7です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】からお読みください。

秋田園児殺害事件 -1-

秋田園児殺害事件 -2-

秋田園児殺害事件 -3-

秋田園児殺害事件 -4-

秋田園児殺害事件 -5-

秋田園児殺害事件 -6-


 

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【考察】畠山は本当に殺したのか

不審な空白の3週間

先述のとおり、畠山は逮捕後の捜査段階では犯行を認めていたが、起訴後は全面否認に転じている。
また逮捕時には「自分は何もやってない」と母親に言っている。これは母親を安心させるためであるとか、単なる強がりにはみえない。まるでそれはその言葉どおり、”何もやっていないのだから適正な処遇が待っているはず”という確信の表れであったかのように映る。
尚、逮捕後の畠山は当初、暴行があったとされる道の駅での状況をこのように語っていた。

「道の駅に着いてすぐに2人と別れた。だからその後のことは知らない」

これが本当なのであれば、逮捕時の堂々とした態度にも頷ける。
ここで、逮捕時から判決までの畠山の様子を整理してみる―、

[逮捕時]
「自分は事件と関係ない」
堂々とした態度 = 犯行を全面否認

[逮捕から起訴まで]
犯行を認める (逮捕直後は否認)

[起訴後]
犯行の容認を一転、全面否認する

 

こうしてみると、逮捕後から起訴までの勾留期間中が何やらおかしいように感じる。
畠山のように「自分はやってない」などと言いながら逮捕され、その後は一貫して犯行を容認、そして判決…というのはよくあるケース。しかし起訴後に、容認を否認に転じるというのにはどこか違和感を覚える。

一体なぜ、畠山は一度認めた犯行を再び否認したのか―、
それはこう考えられないだろうか。
「勾留中、起訴されるまでは否認できなかったが、起訴されてからは否認できるようになった」と。つまり起訴されてからは、畠山に対する”圧力”が解かれたと。
これは見る角度を変えれば、”起訴にまでもっていけばこちらのもの”という警察の思惑が垣間見えるような気がしてならない。なぜなら日本における刑事裁判の有罪率は99%以上。つまり起訴にまで持ち込めば畠山の有罪は確実であり、有罪となればその犯情や殺人という罪状から、重罰は必至だからだ。

では警察はどのようにして、起訴に持ち込むための必要な自白を得たのか―、
その答えとなるひとつの証言がある。これはあくまで畠山本人からの告白を受けた
弁護士による主張である。

畠山によれば―、
逮捕後、畠山はホテルの一室に3日間軟禁状態にされ、そこで恫喝や暴力による違法な取り調べによって自白を強要されたという。このとき畠山は諒介ちゃんの遺体写真を顔に押し付けられたとも訴えており、この話が事実であればその精神的苦痛が相当なものであったことは想像に容易い。

自白を引き出すために軟禁、これはにわかには信じ難い話。その上これといった証拠があるわけではない。畠山の嘘である可能性も否定はできない。しかしこのような事実は隠蔽しようとすればいくらでもできる。
なぜなら勾留中の畠山がビデオカメラやボイスレコーダーなど所持しているはずもなく、またホテル利用の事実をひた隠しにすることなども訳ない。畠山が訴えるように組織ぐるみで違法な取り調べが行われたとしても、その証拠は内部告発でもない限りは出ようはずがないのだ。
監禁による取り調べの事実があったか否か、それを知る由はない。しかしいずれにしても
畠山の否認と容認の変遷をみれば、この話が仮に誇張されたものや嘘であったとしても、起訴までの捜査中に何らかの圧力があったことはまず間違いないだろう。

こうして起訴された畠山はそれから必死に全面否認に徹するものの、一度認めた犯行を翻すことはもはや無意味であった。

結局、畠山は―、
自白の内容、そして美香の供述(“畠山に命令された”という内容)により、結婚をちらつかせて美香を意のままに操った「主犯」とされた。さらに、起訴後に一貫して否認する畠山の姿勢が「無反省」とされ、結果としてその判決は美香を上回る懲役16年となったのだ。

これが「美香14年・畠山16年」に至った経緯である。


パート8】へ。

 

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