城丸君事件 -5-

これは『城丸君事件』に関する記事の【パート5です。本編をお読みになる前に、ぜひとも【パート1】からお読みください。

城丸君事件 -1-

城丸君事件 -2-

城丸君事件 -3-

城丸君事件 -4-


 

事件の解説

証拠不十分で警察の追求から解放された加寿子であったが、警察は事件解決を諦めたわけではなかった。

それから科学技術は大幅に進歩し、事件当時には不可能であった骨からの人物特定が可能となった。
そんな中にあった1998年(平成10年)、DNA鑑定により寿美雄さん宅の納屋から見つかった例の人骨が秀徳くんであると判明。これにより11月15日、警察は加寿子を逮捕した。

このときすでに、事件発生から14年10か月。時効成立まで僅か2か月という瀬戸際での逮捕。それはまさに執念の逮捕劇といえる、道警の根気強い取り組みであった。

 

裁判

1998年11月15日逮捕、そして同年12月7日殺人罪起訴され、刑事裁判で裁かれることになった加寿子。警察としては”ようやくここまで漕ぎ着けた”というところであった。しかし裁判は難航することとなる。というのも、秀徳くんの死因が特定できなかったため、加寿子の殺意の認定ができなかったのである。

被害者が死亡した事件における重要なポイントは、『殺意の有無』。

殺意がなく誤って殺してしまったのであれば「過失致死」。怪我をさせるつもりであったが、結果として殺してしまった場合は「傷害致死」。
あくまで殺意をもって人を死に至らしめることを”殺人”という。いうまでもなく、上記の過失致死や傷害致死に比べれば、殺人の刑は重い。

つまり、加寿子の処遇を大きく左右する殺意の有無こそ、この裁判における最大の焦点であったわけである。

 

この裁判で検察側と弁護側で争われた殺意の有無であるが、それは通常のそれとは異なる意味を持っていた。言い換えるならば、殺意が否定されることは加寿子の無罪を成立させることであったからである。なんとも極端な話であるが要するに―、
逮捕時点ですでに15年近く経過しており、殺人罪が時効寸前であったわけである。すると殺人罪よりも軽い「過失致死」や「傷害致死」、また「死体損壊」などの罪についてはすでに時効が成立している。そのため、加寿子に与えられるのは殺人罪もしくは無罪のいずれか、ということなのである。
それ故に、検察は加寿子を裁くためには殺意の存在を証明せねばならなかった。しかしそれを証明することが極めて困難。なにしろ、死因が分からず、目撃者もおらず。そこへ持ってきて、加寿子は黙秘を貫いたため、自白すら得ることができなかったのである。

「お答えすることはありません」

この台詞は裁判中、幾度となく加寿子の口から発せられたのだった。検察側の質問は実に400にも及んだといわれているが、加寿子はこれらすべてを黙秘権で翻したのであった。

この一審で検察側は無期懲役を求刑。当然、弁護側は無罪を主張した。

 

その結果―、
2001年(平成13年)5月30日、札幌地裁の佐藤 学裁判長は加寿子に無罪を言い渡した。
佐藤裁判長は、

「被告人が何らかの行為により城丸 秀徳くんを死亡させその後遺体を処分したこと、取り調べの最中に事件との関わりをほのめかすような供述をしたことなど、被告人が秀徳くんを死亡させた疑いは強い。しかし殺意をもって秀徳くんを死亡させたと推定するにはそれ以上の疑いが残る」

この無罪判決に対し、検察側は控訴。ところが2002年(平成14年)3月19日、札幌高裁の門野 博裁判長がこれを棄却。
これを受け検察側は、新たな証拠発見の可能性が極めて低いこと、そして加寿子が自白する可能性も無きに等しいという判断から上告を断念。これにて加寿子の無罪が確定した。

 

警察、検察、そして裁判所―、
そのすべてが、加寿子が秀徳くんを殺害したことを確信していながらも、残された証拠からは殺意の存在を証明することができなかった。
結局、一度は解き放った加寿子を逮捕という形で再び捕らえた警察。その努力も空しく、加寿子の秀徳くん殺害は不問となった。
そして忘れてはならない、夫であった寿美雄さんの死について強い疑念を抱かれながれも、加寿子はその罪も償うことはなかったことも。

 

さらに―、
2002年5月2日、無罪判決を受けた加寿子は勾留されていた928日分の日当と弁護士費用を請求(計1,160万円)。道警を相手取って裁判を起こした。
結果として同年11月18日、札幌地裁は道警に対し、請求の約80%に相当する930万円の支払いを命じる判決を出した。これには世間からも轟々たる非難が生まれたが、無罪判決が出た以上それは不当な拘束であり、それによって生じた機会損失の賠償請求は正当である。

幼き小学生を殺害し、夫を放火で殺害。2人を殺している。
通常であれば、それは死刑になり得ることであったが、加寿子は無罪。その上、1,000万円近い賠償金も勝ち取った。これは加寿子の完全勝利というほかないだろう。

 

工藤 加寿子―、
現在どこで何しているのかは分からない、生存しているかも分からない。しかしひとつ確かなのは、その名は永遠に残り、その罪も消えることはないということである。


本編はここで終了。本事件に関する様々な情報は【パート6】にて。

 

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【2001年(平成13年)5月30日 判決要旨 / 札幌地裁】

1.被告が城丸君の最終接触者であること
城丸君は1984年1月10日午前9時35分ごろ、自宅にかかってきた電話を受け、「ワタナベさんのお母さんが僕の物を知らないうちに借りた。それを返したいと言っている」などと家族に言って外出した後、行方不明になったこと、城丸君が被告方を訪れており、被告が最終接触者であることが認められる。

2.発見された人骨片が城丸君のものであること
被告の元夫の家は1987年に火災で焼失し、翌年焼け残った元夫の家の納屋などから、ポリエチレン製の袋に入った人骨片が発見されたことが認められる。
人骨片はDNA鑑定、スーパーインポーズ法による鑑定、ポリエチレン製の袋の中に入っていた残焼物の鑑定の結果によれば、いずれも発見された人骨片が城丸君のものであるとしても矛盾しないとされている。被告が84年1月10日、親族方に段ボールを運び込んでいること、元夫の家に転居する際にも段ボール箱を運び出していること、段ボール箱の中に城丸君の遺体が入っていたとしても矛盾はないこと、被告が元夫の家の敷地内において、長時間にわたり黒っぽい煙が出る物を燃やしていたこと、被告以外の者が元夫の一家の納屋に持ち込んだ可能性が極めて低いことなどが認められ、これらの事情を総合すると人骨片は城丸君のものであると認めることができる。

3.被告が城丸君を電話で呼び出したこと
被告が84年1月10日、被告方から搬出した段ボール箱の中に城丸君の遺体が入れられていたと推認でき、第三者の関与がうかがわれる状況が認められないことからすると、城丸君を電話で呼び出した者は被告と認めることができる。

4.被告が城丸君を死亡させたと認められること
城丸君が被告方を訪れたと考えられる時間帯に、被告が救急車の手配をするなどしたような状況が一切うかがわれないことからすると、城丸君が病死、事故死あるいは被告の過失行為などにより死亡したとは考え難い。城丸君が被告方に赴いたと思われる1月10日午前9時40分過ぎ頃から、被告が段ボール箱を運び出した同日夕方ごろまでの間に、被告が、被告方において何らかの行為により城丸君を死亡させたものと認めることができる。

5.城丸君の死因が特定できないこと
人骨片には損傷、治療痘などの異状が認められず、被告方からも犯行の痕跡を証明する指紋、毛髪やルミノール反応が認められないなど、城丸君の死因を特定することができない。その犯行態様を客観的に確定できないうえ、城丸君が死亡した場所との関係でも城丸君の死因を推論することはできないため、被告に殺意があったとするためには被告が城丸君を呼び出した目的が城丸君殺害に結び付く蓋然(がいせん)性が高いことや、被告に城丸君殺害の明確な動機が認められることが必要である。

6.被告が城丸君を電話で呼び出した目的
被告は1月10日当時、定職についておらず、預金もわずかしかなかったことがうかがわれるうえ、合計800万円以上の負債を抱えており、金銭的に余裕がなかったことが認められるが、負債についての督促状況などを考えると、被告の経済状態が身代金目的誘拐を決意させるほど困窮していたり、負債の返済に追われて深刻な状況にあったとはうかがわれない。被告が自宅の近くに相当の資産価値がある城丸君の家が存在していることは認識可能だったものの、城丸君を誘拐すれば身代金を確実に取得できるといえる程度に城丸家に関する情報を有していたと考えると、被告が身代金目的で城丸君を呼び出したと認めるのは困難と言わざるを得ない。

7.被告が殺意を抱くような動機
被告が身代金目的で城丸君を呼び出したとは認められないうえ、関係証拠に照らしても、個人的なえん恨、犯跡隠ぺい行為などを含む他の動機に基づいて、被告が殺意をもって城丸君を死亡させたとも認められない。

8.被告の供述態度について
被告に対するポリグラフ検査で特異反応に近い反応がみられたほか、被告が88年の任意取り調べ時において、自殺をほのめかす言動をしたり、気持ちの整理をするために時間が欲しいと述べたりするなど、心の動揺を示していたことが認められるが、これらの事実も被告が城丸君を殺意をもって死亡させたと推認する積極的な証拠となるものではない。また、被告が公判で検察官及び裁判官からの質間に対し、何ら弁解や供述をしていなくても、被告としての権利の行使に過ぎず、それをもって犯罪事実の認定に不利益に考慮することが許されないのは、言うまでもない。

9.結論
以上を総合すると、被告が何らかの行為により城丸君を死亡させ、その後に長期間にわたり遺体を保管したり、焼損した遺骨を隠匿していたこと、被告が任意の取り調べ時に本件とかかわりをほのめかす言動を示していたことなどから、被告が重大な犯罪により城丸君を死亡させた疑いは強いということはできるが、被告が殺意をもって城丸君を死亡させたと認定するには尚、合理的な疑いが残るというべきである。

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